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2004.10.09

『雷電本紀』

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イチオシ!

雷電本紀/飯嶋和一

とにかく、まずは読んでもらいたい。一人でもたくさんの人に・・・。

『神無き月十番目の夜』でこの作家に出会い、自分の中では同書が今年のベストに間違いないと思った。
さらにこの著者の作品を読みたくて購入したのが本書である。

とはいえ背表紙解説を読んだ時点では、
 舞台が江戸時代というだけで『神無き月-』とはずいぶん異なる毛色らしい。
 欠かさず見ていた時期があるほどには相撲は好きなのだが、
 肝心の雷電為右衛門については名前を知っている程度。
 本書はその、雷電という力士の半生記的な内容であるらしい。
と、自分が本書を楽しめるかどうか、正直いって半信半疑だった。
しかしいざ手にとってみると驚いたことに、2ページ目をめくった時には、
すでにそんな思いを持っていたことすら頭から消え去っていた。

決して、望んで相撲の世界に入ったわけではなかった雷電が、
勝負となったら一切の妥協を許さず、全身全霊をかけて勝負に挑む揺るぎない姿勢。
さらにその温厚で実直な人柄、見かけとは裏腹な高い知性、
持って生まれたとはいえ人並みはずれた運動神経など全てが鮮烈に描かれ、
読んでいる間中、感動という言葉だけでは表現しきれない気持ちが沸いていた。
それはまるで、自分がその場にいて全てを目で見、耳で聞き、
肌で感じているような錯覚を覚えるほど強烈なものだった。

雷電だけでなくもう一人の主役ともいうべき鍵屋助五郎をはじめ、その番頭麻吉、
後半から登場する千田川関らの登場人物たちもとびきり魅力的。
本書が『伝記』ではなく『小説』だということは百も承知の上で、
気が付くと純粋な伝記として捕えている、そう信じたいと願っている自分がいる。
現実には小説であるから架空の人物なども登場するわけだが、
例えば当時の農民の暮らしから推察すると多少不自然な状況があり、
著者が現地に行って調べてみると、上信打ちこわし一揆のときに
雷電が奉公していたといわれている名主が存在していた記録がない。
さらにそのほかいくつかの状況を組み合わせて考察すると、
 そのとき雷電はそこにはいなかったのでは、
 それならこちらにいたと考えた方が自然なのでは・・・
と発展して、そこからひとつの仮定ともいえるエピソードが生まれる。
するとそれは著者の想像に基いた『小説』であると同時に、
資料に基いて導きかれた論理的な『推察』ともいえる。
ならば、『実際にそうであった』可能性を信じてもいいではないか。

雷電本人の記録や時代背景の資料、現地への数度の取材を基に、
足掛け6年の歳月を費やして出版されたという本書。
そこに描かれた町、人、時代、スケール、何をとっても今年の、
いや、過去のベストに挙げたい作品である。

一ページ目の焼け野原のシーンですでに惹きつけられ、
最後の一行が心にしみた。
できることなら、いつまでも読み終えたくない本だった。
読後、またもやネットでいろいろ検索してみたら雷電の墓が近いことを知ったので、
そのうち機会があったら行ってみようと思っている。
そこまで入れ込むなんて、自分ってちょっと変・・・?
と思っていたら、この本を読んで雷電の故郷を訪ねた人がいるらしい。
上には上が…と思いつつ、実は私も行ってみたい気持ちが相当あることに気づいた。

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